GOLDEN NIGHTが好きすぎてつらい

GOLDEN NIGHTが好きすぎてつらい

宮野真守さんのGOLDEN NIGHT推し

LOVING!ツアー初参戦前夜に考えていること

深夜2時です。明日はLOVING!初参戦です。

2か月前からこの日に休みを申請して楽しみにしていたのに、案件が燃えてます。いつもマモに会う前後でなぜか案件が燃える。なぜ?

終電まで残業して走って電車に乗り込んで、ようやっとわたしのLOVING!なんですが、そういえば1年前のMIXING!も仕事で精神崩壊しかけていた時期だったので、前日に号泣してからの開幕だったなあとか、電車に揺られている間にいろいろと思い出しました。

 

気持ちの整理整頓をするために、マモの話ではなく完全に自分の話をします。

公式さんからの通達で界隈が騒がしいわけですが、どこがセーフとアウトのラインなのかとか、今後の対応とか、たしかに気にはなっていますが二の次というか、自分がもっと別のところでショックを受けていることに気付いてしまって、そのことに今手一杯です。

著作権とか肖像権とか、そういう話が二次創作やSNSの土台になるとかなりグレー(というか厳密には黒)という話は頭では理解していたし、分かっていて今までそのグレーな範囲を自分勝手に見て見ぬ振りをして楽しんでいたという自覚は正直あります。今までつくってきたものとかね。

ただ、自分のつくってきたものにはそれなりにこだわりや自分ルールがあって、なるべく自分でつくるものには公式の解釈やイメージをそのまま詰め込みたくなかった。あくまで「わたしがかんじたものです!」って言えるように、なんとかして独自性をかたちにしたかったんです。だからロゴやそのまんまのイメージは使わないようにしてきたし、公式からツアーのイメージが出る前に自分で想像してみたり(これはまあものの見事にイメージが違った)、CDの完成されたジャケットイメージからじゃなくて歌詞から想像を膨らませてみたり、そういう工夫をしていました。すべては自己満足のために。

マモクラさんって、特に応援している年月が長い方は純粋にマモの笑顔だけを想って身の振る舞い方を考えたり応援ができる方が多いなと思っていつも尊敬してるんですが、果たしてわたしは?というとまったくそうではなく。

自己中な話をすると、もちろんマモのことはだいすきなのですが根底にあるのは「この人を応援すれば自分が楽しい、自分が新しい景色を見れるようなところに連れて行ってくれる」という……幼稚すぎる考えが恥ずかしくて今まで人に直接言ったことがないんですが、要はそういう「自分のため」にマモを応援してます。

たまにつくる作品もその延長で、「印刷物をつくるのが好き」という自分の性質と「マモが好き」という気持ちの、ダブルの好きをくっつけたら絶対自分が楽しいという超絶私的感情からできているものです。ずっとマモだけを想って応援している人の前ではとてもじゃないですが言えませんすみません。

長くなりましたが、それゆえに作品ひとつに込めている意味合いは【自分:マモ=5:5】くらいなんです。でも今回の公式さんからの通達を受けて、「あ、完全に負けた」って思いました。モチーフは自分で書き起こしてるし、イメージも被ってないとは思ってる、ちゃんと自分の中から出てきた作品だって言える自信もある。でも、これって歌詞やマモのテキストを入れなければデザインに何の意味や意図が残るんだろう?と一瞬でも思ってしまった。大げさだけど自分の手で生んだものに対して。

二次創作ってそういうものだ、とは思うけれど。でもそう思ってしまったことに対して、ああ自分はオリジナルを生み出したかったの?と悲しくなった。そうかあ、人のものを借りるってこういうことなのかあ、と。どれだけ独自性を見い出そうとしても、わたしがつくるものに彼を象徴する何かが入らないと、かたちを保てないんだな、と実感してしまった。なんだかそれがショックだった、自分に対して。そしてきちんと法人として組織で作り上げたものはメッチャ強い……と思いました(笑)マジでオリジナルになろうと思ったらそこに就職してそこでつくるしかないやん(笑)

 

そういうことを考えていたときに、ふと思い出したのは大学のゼミの先生の言葉。作品のフィードバックをもらったときに、よく「アート寄りの作品だね」とか「これはデザイン寄りだね」とか言われていたのですが、先生はアートとデザインを明確に分けている人で、わたしも大学生活の間でその意味は自分なりに噛み砕けたつもりです。

一言で言うと、アートは自己表現、デザインは問題解決の手段。もののたとえですが、ただのテキストを分かりやすいように整理して人に伝えることがデザインの意義であるという解釈です。つまり、そこには伝える相手と作り手に共通認識がないと成り立たないんですね。だから、デザインって自分以外の人やものに影響受けてないと絶対に完成しないものです。

そのアートとデザインの棲み分けみたいなものを少しでも理解できたと思って今まで満足してましたが、今回の件で案外横断できるのかも!?と思えて自分的には新しい発見でした。トリコロールやスマハさんの形もだめなのかって意見をちらっと見たのですが、ただの要素がもうその人のものにしか見えなくなるくらいに独自的ななにかに無意識レベルで昇格してるのってもうその人の中ではアートの扱いになってるじゃん……とちらっと思ったからです。公式は公式ですが世界はマモのものじゃないので、もっとゆるくていいと思いますよ!

 

まあなんやかんやと、主にマモのことではなく自分のことを考えていましたという独白。なんでこんなこと書いてるかって仕事がしんどすぎるからです。マモの現場に行くと転職しないとって思わせてくれる…。

明日(というか今日)は初LOVING!で〜す。たぶん行ったら今書いたモヤモヤもほぼ忘れるんでしょう。宮野真守宇宙旅行連れてってもらいます。